化学物質汚染の被害者の苦悩と展望

Blog カナリヤの声

会報6号のHP掲載が遅れていますので、特別寄稿のみブログにて紹介します。 特別寄稿1 蓄積する化学汚染と見えない人権侵害――次世代へのリスクを考える日弁連 第46回人権擁護大会決議から7年を経過して 化学物質汚染の被害者の苦悩と展望 あすなろ法律事務所 弁護士 池田 直樹 1 被害に始まり、被害に終わる 公害事件や労働災害事件を扱ってきた先輩弁護士は、被害者の声に耳を傾け、その被害を身体的・精神的被害だけに止めず、社会的偏見や差別や就労困難などの社会的被害、あるいは家庭の崩壊など被害者の人生そのものが大きく狂ってしまうことを、裁判において立証することに力を注いできました。「被害に始まり、被害に終わる」とは、とかく科学・医学論争や法律論に流れがちな法廷弁論を反省し、現場にこそ真実があり、それを法廷にできるだけ生のまま出していくことが弁護士の基本的役割だと我々を戒める言葉なのです。 主人公はもちろん被害者です。被害者はできるかぎり、団結して現場で何かが起こっていることを、生活実感を通して法廷で訴え、被害の実情から救済の必要性を全人格をかけて裁判官の良心に訴える。そのことが裁判官の心にある壁を取り払って、新たな法理論や事実認定による救済の道を切り開くことになる。これは、水俣病(有機水銀)、カネミ油症(PCB、後にダイオキシンと判明)、各地の道路公害事件(SPMなど)の集団訴訟の運動の精神的なバックボーンになった考え方です。 2 現代の化学汚染被害の特徴と苦悩 しかし、有害物質の大量曝露による急性毒性から、微量曝露による慢性毒性を中心とした症状に化学汚染の主流が変化し、被害はますます見えにくくなりました。化学汚染被害者の場合、特定の発生源からの局所的汚染というよりは、空気、食品など多様な汚染源からの複合曝露の可能性を常に考えざるを得ないうえ、被害者の生活や職業上の曝露歴や先天的・後天的な体質や既往症についても考慮の対象とならざるを得ません。現在の科学の水準から逃げられないのです。 また、多くの化学物質過敏症患者さんの場合、その曝露形態や健康状態は多種多様であり、集団的な論争には必ずしも適していません。 私が過去に扱った看護師さんが消毒液に含まれるグルタールアルデヒドに曝露したケースでも、他に病院内での看護師の被害はおそらくあったはずなのですが見つからず、単独での裁判になりました。同僚からの被害者を支えるための証言すら得ることはできませんでした。それでも曝露についての測定記録や発症後の診療記録があったために勝訴しましたが、特殊な薬品への高濃度曝露という背景があったといえるでしょう。 隣接した家屋での洗浄用溶剤の使用に伴う化学物質過敏症の発症を理由として、使用の差止を求めた訴訟がありました。この事件では、そもそも洗浄用溶剤そのものを特定できず、相手方は近年そのような溶剤は一切使用していないとし、裁判所による現場の検証でも、その保管や使用は確認できませんでした。相手方は、原因は被害者の精神的な原因によるものであり、訴えそのものが不法行為だとして逆に損害賠償を請求してきたほどです。過去の長年の使用が疑われる事例でしたが、症状が悪化したときには既に使用を止めていて、溶剤を使用していた当時の空気や溶剤そのものが保全されていないという点で、曝露立証が困難な事例でした。最終的には、隣家の作業場を買い取って撤退してもらうということである意味では根本解決になりましたが、それだけの費用がかかりました。 また、裁判にはなりませんでしたが、輸入家具からのおそらくホルムアルデヒドによる被害の事例では、購入当初の家具からの高濃度の化学物質の発生が原因と疑われましたが、販売会社との協議は決裂し、解決できないままに終わっています。 弁護士として「被害に始まり、被害に終わる」という格言を噛みしめつつ、それがうまく実現できないもどかしさをいつも味わっています。まして被害者ご本人は体調不良に苦しみながら、その原因を特定し、責任を追及できない悔しさで眠れぬ夜を過ごすことも多いのではないでしょうか。 3 寝屋川廃プラ訴訟 さて、2010年6月の会報5号で紹介していただいた「寝屋川廃プラ訴訟」では、周辺住民に広がる皮膚・粘膜症状や呼吸器系ののどの痛みや咳などが、2つの廃プラ工場から排出されるVOCガスに起因するものかどうかが争われています。 特定の発生源(枚方市・寝屋川市・交野市・四条畷市の4市からの廃プラを圧縮梱包する4市組合施設と、その廃プラ等を原材料としてパレットを製造する民間リサイクル工場)からのVOCガスが問題となっている点では、まさに現場での集団的な被害発生の立証という伝統的な公害事件と同じ枠組みでの訴訟となっています。 ただ、そこでのハードルは「立証責任の壁」です。現在の法律の枠組みのもとでは、責任を追及する側が汚染物質と発症した病気を特定し、物質と病気との間に因果関係があることを科学的・医学的に「高度の蓋然性」(約8割方確かだろうという程度)まで証明しなければなりません。大量曝露による急性被害の場合と異なり、地域に発生した特定の「疾病」がそもそもあるのかどうか、ということから証明をしていかなければならず、個人情報の保護もあって、私人による調査には限界があります。しかし、寝屋川市や保健所は、被害自体を否定していますから、公的な調査は行われないのです。 そのため、地域での集団検診や集団的聞き取りに加えて、津田敏秀 岡山大学教授による健康被害についての疫学調査、柳沢幸雄 東大教授による周辺空気の継続調査など、まさにできるかぎりの「現場」からの立証に努めてきました。一審以後も現場での健康被害の発生が続き、控訴審ではその声を法廷に届ける活動(陳述書の提出)なども行ってきました。 我々のこのような活動に対する裁判所の答えとしての大阪高裁の判決が2011年1月25日に下されます。一審敗訴の中での高裁判決であり、予断は許しません。 裁判所が現場での被害発生を前提に、化学汚染における被害者の立証の困難さを考慮して公平かつ患者に展望を与える判決を期待しているところです。そして杉並病がそうであったように、化学汚染に対する警鐘と位置づけ、被害者や専門家のネットワークの拡大と、被害の防止や救済制度構築のための大きな足がかりとしたいと考えています。 池田直樹 弁護士の所属 ・大阪弁護士会公害環境委員会  ・環境法政策学会・日本環境法律家連盟 著書の紹介 『化学汚染と次世代へのリスク』 著 者 日本弁護士連合会第46回人権擁護大会-シンポジウム 第2分科会実行委員会 出版社 日本弁護士連合会 2004年刊