東風吹かば、、梅の花

Blog カナリヤの声

3月3日 まもなく東日本大震災から1年を迎えます。
梅の花が咲き初める北野天満宮で復興と被災地の人々の無事を祈りました。遠く離れて避難生活をされている方々はご家族と住みなれた家を想い出しておられることでしょう。避難先での暮らしも安らぐことのない日々を察して心が痛みます。
 東風(こち)吹かば にほい起こせよ 梅の花 あるじ無しとて 春を忘るな
平安初期、菅原道真は九州大宰府に出発する前に自宅の梅の木を眺めて…
春の風が吹いたら咲いて白梅天神P1440652.jpg香りを届けておくれ、梅の花よ、主人が居なくなっても春を忘れるな と詠み、

自宅から出ていく際には…

紅梅P1440975.jpg

「君が住む 宿の梢を 行く行くも 隠るるまでに かえり見しやは」
(君が住んでいる家の立木を道すがら隠れて見えなくなるまで振り返って見ていました。)…と詠んだそうです。
今も昔も、天災地変のほかに誹謗中傷・陰謀の災難で追われる人の世は変わらず、無念のうちに流された吟魂から深い悲しみがこみ上げてきます。

<北野天満宮と菅原道真>
学者の家に生まれた菅原道真は幼少より聡明で長じて優秀な役人となったが、右大臣にまで出世したことを疎まれ、冤罪で九州大宰府に流された2年後、再び京都に戻ることなく失意のうちに59歳で病死した。
この直後から数年間に、冤罪事件の首謀者が次々と急死し、全国的に干ばつや日照りなどで不作が続き、疫病が蔓延するという奇妙な出来事が続出した。
更に御所宮殿へ落雷した致命的な出来事によって、これは道真の怨霊と恐れ崇められ、道真は天神社に祀られることになった。
道真は皮膚病と脚気の持病があったと伝えられている。 
(参考)北山茂夫「日本の歴史4 平安京」