迫りくる雪崩のように

Blog カナリヤの声

 天災と人災が頻発する日本。人を育てる学校も大学も社会も何をしてきたのか。 日本はどういう国になったのか。
先月、会誌第3号の編集中に次々と起きた異常気象災害、人災、さらに異常な政界の不祥事に連ねて、財界ほか官民ともに人間社会の終焉を予感するような信じられない出来事が「迫りくる雪崩」のように噴出しました。 地震、台風、豪雨、土砂災害、気温上昇など連続する異常気象災害に、多くの人の命が奪われていく。地球温暖化問題は、産業革命以降、産業活動が活発になると化石燃料の使用が増え、二酸化炭素、メタン、さらにはフロン類などの温室効果ガスが大量に排出されて大気中の濃度が高まり熱の吸収が増えた結果、気温が上昇し始めている事実として、1970年代から指摘されている。思い巡らせていると、レイチェル・カーソン著 【沈黙の春】 16章が浮かびました。化学物質による環境汚染の重大性について、最初に警告を発した「沈黙の春」が1962年に出版されて50余年、この警告に耳を傾けることなく拡大し続けて自然環境を破壊してきた人間活動が禍を起こしている現象と同じであると感じ入りました。
レイチェル・カーソン 【 沈黙の春 】 Rachel Carson 《Silent Spring 》より16.迫り来る雪崩

沈黙の春2S.jpgこれでもか、これでもかと化学薬品をまきちらしたために、昆虫個体群の弱者は、滅んでゆこうとしている。生き残ったのは、頑健でまた適応力のあるものだけで、かれらは私たちがいくら押さえつけようとしても執拗にたちむかってくる。《すべてが危険な道を進んでいることは疑うまでもなく明らかだ・・・・・・化学的な防除ではなくて、生物的防除こそが、取るべき道であろう。必要なのは謙虚な心であり、科学者のうぬぼれの入る余地などは、ここにはまったくと言ってないのである。》17.べつの道どちらの道を選ぶべきか? スピードに酔い、快適さだけを求め、自然との共生を無視し、最後の、唯一のチャンスに向き合っていると言える。===私たちの住んでいる地球は自分たち人間だけのものでは、決してない。この考えを出発点にして、新しい夢豊かな創造的な努力を続けて様々な生命力を無視することなく、うまく導いて自然の力を最大限に生かしていくそんな道を進みたい。今、『私たちの住む地球にすべての目を向けて生きていかなければならない』 。